ArtWalk's Pick up Artist "作るヒト"
03 画家 名古屋 剛志(なごや たかし)
東京芸術大学デザイン学科出身の日本画家・名古屋剛志氏。
デザイン科出身の画家だからこそ持ち得る作品の魅力と、
美術の現状に対する革命的狙いとは――。
text and photo / Kyoko Tsukurimichi
——デザイン学科出身ということですが、子供の頃からデザインに興味が?
入口はマンガです。普通の子供と一緒で、少年マンガのトレースをしたり、イラストを描いたりしていました。ドラゴンボールとかシティーハンターとかね。当時は、特に美術という意識はありませんでした。でも、僕にとって美術はマンガです。今でこそマンガやゲームもサブカル的なアートとして認められていますけれどね。また、その頃はちょうどテレビゲームが盛んになり始めた時期でした。ファミコンがプレイステーションになって、ゲームに出てくるキャラクターもより豊かになった。マンガと共にこういったゲームのキャラクターデザインがしたくて、デザイン科を志望したのです。
デザイン科に入ったのですが、なぜかデザイン科にも絵画の研究室があってゼミや講座もあるんです。そこで絵を描いていたら先生が興味を持ってくれて、たまに見せに行くようになったことがきっかけで本格的に絵を描き始めました。デザイン科のポスター表現などではアクリル絵具を使うことが多かったので始めはアクリルで描いていました。しかし、先生が日本画家の中島千波先生だったので、彼の描く作品を見て画材の質感に魅了されていきました。自然の鉱物の持つざらつきや深みのある色合いが気に入ったのです。そこで僕も日本画を始めることにしました。
——卒業後の進路をデザイナーではなく、画家として進むことに迷いはなかった?
若い頃って、大きな失敗をしたというような経験もない分、夢と希望に溢れていましたから(笑)。趣味が仕事になるというと軽く聞こえてしまうかもしれませんが、職業というより、自分の価値観や嗜好がストレートに仕事になって生活に繋がるというのが、とても夢のある仕事に思えたんです。世間をまだ知らなかったんですね。でも実際、絵描きの仕事って芸術家であると同時に、デザイナーに限りなく近い部分もあるんです。例えば、部屋に飾りたいと多くの人が感じるとか、欲しいイメージはあるけど自分では描けないから代わりに描いてもらおうとかいう場合もあります。結局はみんなが欲しいものを作らないと買っていただけない訳ですから。
「自分はこういう絵がいいと思う、どうだ!」って言ってもただの押しつけになってしまいます。デザイン科にいたからそういう考えを絵画に持ち込みやすかったのだと思いますが、「生活が楽しくなる」、「元気になる」、「癒される」などの"効果"がビジュアル作品にはあると思います。個性を売りにして自分の内面をストレートに表現するよりも、作品を通して誰かの役に立つことが絵描きの仕事じゃないかなと思っています。独りよがり的な作品だと、見手にそれが伝わるのでしょうね。作家の方から見る人に歩み寄っていくというのはデザイン的です。「オレはこれが格好いいと思ってるんだから、これでいいだろ!」っていうのはないですよね。
——目線がまさにデザイナーですね。
その傾向はかなり強いですね。デザイン科を出ているから、逆にデザイン科出身の絵描きでなければできないことをしたいとは思っています。学んできたものを活かさない手はないと思うんですよね。例えば、メッセージがあっても、それを視覚的レイアウトとして分かりやすく情報を選択して明快に打ち出す。またはインテリアとして、難解ではなくみんなが楽しめる絵を描く、年齢層を意識する、など。さらに初歩的ですが、どういう色が人気があるのか調べて描くだけでも見せ方が違ってくるんです。例えば、同じ製品で複数の色がある場合、緑が売れやすい傾向があるというリサーチ結果もあるそうです。癒される色だからかもしれませんし、緑の乏しい都会に限るということもあるかもしれません。ただ、そういう所から着想して絵を描くのもおもしろいんですよ。
旅先での風景を見て「これ描きたい!」という衝動ではなく、もともとみんなが求めているものや色を探って「こういうのどうでしょうか?」というひとつの提案としての絵画です。だから、お客さんのリアクションも楽しみのひとつです。狙い通りの反応だと嬉しいし、狙いとズレている場合は、もっと研究や調整が必要だなと思います。そういう意味では、芸術というよりはデザインと同じですね。僕にとってデザインとは考え方の部分だと思っています。作品の出来上がりというより、ある目的を元に、情報を取捨選択して答えを出していくこと自体がデザインです。そういう考え方が全ての制作の軸になっています。そうしたデザインを反映した絵画表現というのが、大げさに言うと"僕にしかできない仕事"になっているといいなと思います。
——デザイン的なアプローチによって絵画の敷居が低くなりますね。
歩み寄ってコミュニケーションをとろうと意識して作っているので、興味を持ってもらいやすくなると思います。デザインを通すことで、絵画、ひいては美術がもっと親しみやすいものになってほしい。昔は、僕自身が絵画ってすごく勉強しなければ分からないものなのかなっていう思いがありましたから。共感できなくて嫌煙されがちというか、今でもそういうイメージを抱いている人は多いと思います。もし、内面思想やテーマを反映した絵を描いたとしても、きちんと伝わるように表現したり、絵だけで伝わらないなら言葉で伝えるべきだと思います。「絵描きは作家と違って言葉で表現できないから絵を描くんだ。見て理解しろ」といった独りよがりと強引さの積み重ねが、難解な美術の世界を作り上げてきた。そこは開拓し直すことができたらいいと思います。「絵は、もっとみんなのものなんだ」ってね。
親しみやすいものがないと、見る側も好きになるきっかけが生まれないと思います。音楽がまさにそうです。クラシック音楽は素晴らしいですが、世の中に今でもそれしかなかったら、こんなに気軽にCDを買ったり、音楽番組を見る時代じゃなかったと思います。やはり気軽に楽しめて分かりやすい音楽があればこそ、幅広く音楽自体が普及してきたと思います。僕が生きてる間には無理かもしれないけれど、少しでも美術が音楽ぐらいのポジションに近づけばと思います。音楽チャートみたいに美術チャートができるくらいにね(笑)。だから、みんなが受け入れやすい作品作りをしていくことは大切なんです。
——本の装丁や映画の仕事もされていますよね?
小説の装丁をしたくて出版社に売り込みにいったんですよ。そうしたらたまたまイメージと合うものがあって出版されました。絵が作品以外のグッズになるってすごいことですよね。絵画作品だと所有するのは高額になってしまう。でも小説やポストカード、昔ならテレホンカードなどの商品になれば誰でも気軽に所有できるのですから。浮世絵だってもともとは包装紙だった訳だし、生活に密着して楽しむっていうのは重要だと思います。部屋に一枚、大金を払って所有する、という以外の楽しみ方も提供できたら嬉しいです。
映画の仕事は、SNSの「mixi(ミクシー)」がきっかけでした。自分のページに作品を載せていたら、それを見て興味を持った人がいきなり仕事を紹介してくれたんです。正直あまり期待していなかったのですが、行ってみて驚きました。全国公開の東映の映画だったので、思わず「本当ですか!?」って(笑)。あれは本当にびっくりしましたね。さらに、そうしたテレビや劇中の、僕が描いた作品を見た人からまた仕事を受けたりと、出会いやつながりから仕事のきっかけが生まれることも多いですね。
——今後はどのような展開を目指していますか?
始めに戻りますが、僕はデザイン科出身の人間にしか描けない絵を描きたい。だから親しみやすい絵画で美術の裾野を広げていく活動に自分の作品が活かされるといいなと思います。それと同時にメッセージ性や世界観を描いた芸術作品も作っていきたいです。どちらがいい悪いではなくて、使い分けが必要だと思っています。前者が、「部屋が明るくなる」とか、「寝る前に見ると落ち着く」とか、インテリアとなり得るのに対して、後者は小説を読むようなものです。気楽に部屋に飾るというよりも、じっくり眺めるタイプの作品です。そういう目的の違いに気がつくのには時間がかかりましたね。
表現するということはコミュニケーションです。だから一方通行ではダメだと思います。僕ももともとは内面的な自己表現をしたいと思っていましたが、そういうことは人に僕を分かってもらった後にすべきなんですよね。相手と共有できるような土台を作り上げた上で、私個人としてはこういう作品が好きで、こういう問題提起がしたい、というような個人的な作品を見てもらうほうが、相手により興味を持ってもらえると思います。作り手と見る人が同じ世界の中で共感して分かり合うことができたときが楽しいし、全く別の人生を生きる他人と僕とが、「キレイだね」とか、「こういう経験わかる」など、打ち解けて距離が縮まる感覚が好きなんです。だからこれからも、デザイン的な絵の制作もしながら、同時に、一芸術家としての視点も織り交ぜて、両立した制作活動をしていきたいと思っています。
Profile
画家 名古屋 剛志 Takashi Nagoya
1978年 埼玉県生まれ
2003年 東京藝術大学美術学部デザイン科卒業
2005年 東京藝術大学大学院美術研究科修士課程修了(中島千波研究室)
- 2002年
- 「新生展」優秀賞(新生堂/青山)
- 2003年
-
「第21回上野の森美術館大賞展」一次賞候補
「第3回佐藤太清賞公募美術展」特選、他 - 2005年
- 「レスポワール展」(スルガ台画廊/銀座)、他
- 2006年
-
「雪梁舎フィレンツェ賞展」ビアンキ賞
「作家の卵展」(おぶせミュージアム・中島千波館/長野)、他 - 2007年
-
C-DEPOT2009(青山スパイラル/青山)
「トラ・虎・寅」(西武/渋谷)、他 - 2009年
- 雪梁舎美術館支援によりイタリア(フィレンツェ)に30日滞在
EXHIBITION C-DEPOT 2010 旅(Shun Art Gallery/上海)、他
- 2011年
- 三越×東京藝術大学 「夏の芸術祭ー時代を担う若手作家作品展」(日本橋三越)
その他 映画、ドラマ等のメディア関連
ドラマ「熟年離婚」(テレビ朝日)
ドラマ「祇園囃子」 倉本聰監督(テレビ朝日)
劇場公開映画「天使の卵」村山由佳原作(春妃の夫の作品・パンフレット表紙)
堂本光一ソロデビューシングルPV (堂本光一の木炭デッサンetc.)
ドラマ「浜の静は事件がお好き」(フジテレビ)画家、藤崎研一郎の絵画を制作
ドラマ「秘密の花園」最終話(フジテレビ)
ドラマ「あしたの喜多善男」最終話(フジテレビ)
小説「ヘブンリーブルー」村山由佳 巻末挿絵(集英社)
朱川奏人「水銀虫」表紙装画(集英社文庫)
などで水彩画、デッサン、ペン画、日本画、イラストなど幅広く手掛ける。
LINK
名古屋剛志 個展
■ 会期:2011年9月22日(木)~10月4日(火)
■ 会場:ギャラリー杉
■ 住所:秋田県秋田市大町1-3-27
■ URL: http://www.gallerysan.com
パブリックコレクション
雪梁舎美術館
絵画教室
吉祥寺の絵画教室「アトリエ アート吉祥寺」 にて毎週水曜日、日本画クラスの講師としても活動中。2日で描く「日本画体験レッスン」も実施している。
- 詳細:アトリエ アート吉祥寺