ArtWalk's Pick up Artist "作るヒト"
01 テキスタイル&インテリアデザイナー 河東梨香
『吉祥寺アート&ギャラリーマップ』創刊と『Kichijoji ArtWalk』のサイトオープンを記念して、マップ表紙をデザインした、テキスタイル&インテリアデザイナーの河東梨香さんにインタビューした。
text and photo / Kyoko Tsukurimichi
——アートの道に進もうと思ったきっかけは何ですか?
幼稚園の頃から絵を描くことが好きでした。子供の頃は父親の仕事の都合で色々な国で暮らしてきましたが、私の母国語は日本語だし、学校も日本人の学校に通っていました。ところが14才のときにアメリカの公立中学校に通うようになって、初めて言葉が通じないという壁にぶつかりました。そのときの唯一のコミュニケーション手段が絵だったんです。それから本格的に絵の勉強がしたいと思い、ボストンにあるアート専門の高校で学ぶことにしました。
ペインティングを学びたくて入学したのですが、次第にペインティングだけではなくて素材自体に興味を持つようになって、ミクストメディアに関心が移っていきました。ミクストメディアで表現するためには素材について知らなくてはいけない。そう考えて大学はテキスタイルデザインを専攻しました。
——大学在学中に印象に残っていることは?
特に印象に残っているのは、3週間という短い期間でしたが、ウィンターセッションでガーナの小学校をリノベートするプログラムに参加したことです。子供達たちが楽しく快適に勉強できるように2つの学校の内装をデザインしました。
人のためになることをしたいと思って参加したのですが、ガーナでしばらく生活しているうちに、「これは欺瞞で"お金に余裕がある人の自己満足"なのではないか」という迷いが生まれたんです。プログラムに参加している私たち学生は水も食事も十分に供給されていました。しかし、私たちに食事を作ってくれたり、お世話をしてくれる現地の子供たちはコップ1杯の水で体を洗ったり、食事の内容も私たちが食べているものとは全然違うものでした。
ところが、あれから10年も経った今になって突然、ガーナの子供からメールをもらったんです。「あの時はありがとう」って。当時6才くらいだった子供が成長して大きくなって、まだ私たちを覚えていてくれていた。それでやっと、私たちのしたことには意味があったんだなと思えたんです。今でも時々、自己満足かなと迷うことがありますが、そういう割り切れない部分もあっていいんだと、少しずつ考えられるようになってきました。
——大手繊維会社に勤めていたころの経験は今にどうつながっていますか?
テキスタイルデザイナーとしての初めての仕事は、大手自動車会社の海外向け車種シートファブリック(生地)のパターン(模様)デザインでした。当時の上司からは、「3つのステップ」という考え方を教わりました。「(1)トレンドの情報収集」「(2)コンセプトを明確にしたプレゼンテーション」「(3)トレンドに沿って、クライアントとエンドユーザーが喜ぶ物を作る」というものです。さらに、クライアントのニーズにそのまま応えるのではなくて、必ず求めているものの120%で提案することを教わりました。このステップを意識しながら常に自分の中で最善の提案をする。そうすれば評価は後から必ず付いてくるし、結果として自信につながります。フリーになった今でも、大きな組織に属した経験は基礎として確実に残っています。作りたい物を好きなように作れる学生時代とは異なり、デザインを商品化する企業があり、それを使うユーザーがいる。そういう全体図を見ることができるようになりました。
——フリーになったきっかけは?
知人の紹介で、デンマークのショールームのインテリアデザインをしたことです。私は、その時はまだテキスタイルデザイナーとしてのキャリアしかありませんでしたが、クライアントの会社社長に大見得を切って仕事をもらったんです。「私に任せてくれたらすべてうまくいきます!」って(笑)。その社長が懐の深い人だったんですね。テキスタイルのポートフォリオしか持たない私に、インテリアデザインを一任してくれたのですから。制作過程では常に「本当にこれで大丈夫か」という不安がつきまといましたが、どうしてもこの仕事を成功させたいという思いでとにかく必死でした。結果的にショールームは好評をいただき、その社長も大変喜んでくれました。私を信頼して任せてくれた人が、私の作った物で喜んでくれた。そのことがあまりに嬉しくて、私は"味をしめた"んです。その時、フリーでやっていく決心ができました。
——現在は、高齢者施設のインテリアデザインも手がけられていますね
デンマークにいる祖母が老人ホームに入居したことがきっかけでした。それまで祖母はずっと一人で暮してきましたが、脚の怪我をきっかけに体調を崩し一人では生活していけなくなったのでホームに入居することになりました。ホーム入居後、デンマークまで祖母に会いにいったらすっかり別人のように明るく元気な姿になっていて驚いたんです。祖母の新しい部屋にはキッチン、リビング、寝室、バスルームもあり、今まで使っていた家具や絵が綺麗に並べられ、とても気持ちよく過ごせる場所でした。今では新しい友人が何人もできて毎日を生き生きと過ごしています。何十年も同じような服を着て、髪型も変えなかったような祖母が、シーズンごとに新しい洋服を買って、「そろそろ髪型でも変えようかしら?」なんて言うほどです。友だちとのお茶の時間や施設内の活動で忙しいらしく、私とずっと続けていた手紙のやり取りも、祖母に言わせると「忙しくて書く暇がない」そうです(笑)。
日本でも変わりつつありますが、まだ残念なことに老人ホームは"入居する"ところというよりも"入(い)れるしかない"という家族の苦渋の選択というのが現状だと思います。しかし私は祖母の変化を見て、お年寄り自身が「私は老人ホームに“引っ越したい”」と思えるような場所作りをしたいと思ったんです。それからはまず高齢者向け施設で数年間バイトをして高齢者介護の現状を知ることに努めました。今では高齢者専用賃貸やグループホーム、デイサービスなどのインテリアデザインの仕事もいくつか手がけるようになりました。デンマークで目の当たりにした光景を日本の風土や文化に合った方法で実現していきたいです。
——今後はどんな仕事をしていきたいですか?
まず活動のフィールドを日本とデンマークどちらにも持っていたいです。私はデンマーク人と日本人の血を半分ずつ持っているのですが、日本の言葉と文化で育ちました。それでも、私はデンマーク人だとも言えるようになりたい。だからデンマークとの関わりを持ち続けたいんです。日本とデンマーク、どちらか一方は選びたくないんです。
それからもう一つは、人の物欲だけでなく、精神的にも癒しや安らぎを与えられるような物・空間を作っていきたいと思っています。現代では物が溢れているし、見た目がカワイイとかオシャレというだけの理由で物を新しく作りたいと思えない。むしろ、作る過程で無駄を省く、環境に悪影響を及ぼす素材を使わないなどの工夫をして世の中にすでにある物を、より時代に適した物にしていくことの方に興味があります。去年の秋にデビューしたaroboブランドでは石を素材とした環境負荷の少ない紙で作った一輪差しやメモコースター、ランチョンマットのアートディレクションとパターンのデザインをさせていだきました。
さらに、物を制作する技術や理想はあるけれど、実際にはその技術とアイデアをどのように商品に落とし込めばいいか分からないという企業もたくさんあります。そういう人たちとコラボレーションして、国内 外問わず、デザインを通して"いいモノ"を形にしていく手伝いをしていきたいです。
——『吉祥寺アート&ギャラリーマップ』の表紙デザインのコンセプトは?
吉祥寺には他の街にない独特の雰囲気があります。街は発展しているけれど決して大都会のように味気ないコンクリートの灰色で埋め尽くされていない。身近に自然があり、さまざまなテイストのカフェやショップ、アートギャラリーが世代を超え人々を惹きつけています。
『吉祥寺アート&ギャラリーマップ』の表紙デザインでは、吉祥寺の緑とアートの街という雰囲気を醸し出しつつ、一目で地図と認識できるデザインにしました。地図状に伸びる白線は吉祥寺に繁る木々の枝や植物をイメージし、その先の丸い部分は、それぞれ寄り道したくなるような興味深いスポットがあることを表しています。
一見するとゲームやおもちゃを思わせるこの柄に、色鉛筆で塗った葉っぱをところどころに配置することにより、温かみとクラフト感を感じさせるものにしました。
河東梨香 Rika Kawato
Textile and Interior Designer
- 1981年
- ドイツにて日本人の父とデンマーク人の母の間に生まれる
- 1982-2000年
- モスクワ、ストックホルム、東京、ボストンで教育を受ける
- 2004年
- ロードアイランドスクールオブデザイン芸術学部
テキスタイルデザイン学科卒業
(アメリカ ロードアイランド州)
- 2004-2007年
- 住江織物株式会社勤務
- 2008年
- フリーデザイナーとして働き始める
公式ウェブサイト
- 河東梨香 Official Website
- Rika Kawato Design